怪物を観た
母親と二人で観てきた。
ちょっとネタバレだし、見終わってから忘れないように急いで書いてるから支離滅裂な文章かもしれない。
まず序盤のシーンで、自分自身小学生の時にいじめられていた事があったから、親はこんな気持ちだったのかなとか考えてしまった。
私はまだ子供がいないけど、確かにあの不審な我が子の持ち物や行動を見たら、いじめを疑い子供の言う言葉を一番に信じてしまうかもしれないない。その気持ち自体は片親だから、ではなくて一人の親としてだと思う。
ちょっとやりすぎな気もするけどお母さんは正しい!と思ったのも束の間、だんだんとそれも違うことに気づき、初めはそんな態度ある?と思っていた担任の先生に腑が落ちる。
これは現代の教師という職業の難しさへの風刺もあると思った。
「先生が女子生徒にちょっと肩触っただけでもセクハラになる」と中学の時に副担任の男性教師が嘆いていたのを思い出した。保育士や幼稚園の先生もそうだ。本当に教育としてよくないことをする先生はいるしそれは許せないが、時には教育としては仕方ないんじゃないかと思うことや、それだけで?と思うことが最近「不適切教育」としてニュースになっているのを見る。実際の現場は見ていないし先生の言い方やその時の状況を詳しく知ることはできないし証拠も見ていないから、それが本当に不適切だったのかそうじゃなかったのか、第三者は事実を確実に知ることができない。
そんな難しさの中であの担任の先生は教師の仕事を全うしていたと思う。良くない事をした児童を叱る、様子のおかしい児童の家に行って親の話を聞く。誤解を解くため保護者へ事実を説明しようとする。なのに新聞に自分が載り、仕事はなくなり、記者が家に来て、いたずらもされてしまう。
この時にはもうこの先生に同情していた。
社会は難しい。自分は悪くないのに怒られる。上の命令だからと押し付けられる。
この段階では悪者にしか見えなくなっていたお母さんが、担任の先生と湊を探しに行くシーンが良かった。ここで家の前にいる先生を問い詰めて拒絶していたら流石に可哀想になってた。
全体的に同じシーンを別の人の日常のあとに見せてくるから、感受性豊かな人間からすると毎回別の人に同情して観ていて面白かった。
偽善者かも知らないけど、誰も悪くない、仕方ないように私は見えてしまった。
孫の命を奪ってしまった校長先生も、穏やかな表情で面会する旦那さんから察するに罪を押し付けたようには見えない。
お母さんも、子供を一番に思い子供の普通の幸せを願っているだけだ。(その気持ちが強いのはあるかもしれないが)
依里は虐待もいじめも誰かに相談しないでそれに諦めているようだった。湊の母親や先生への大人びた態度が妙な気持ちにさせる。それは一番身近な大人がうまく接してあげていないからかなと思った。
やばい、全然まとまらない。
それに湊のことを全然書いていなかった。
考えてみたら同性愛は今に始まった話じゃないのに、最近やたらとLGBTという言葉を聞く。監督はそれを意識して作ったわけじゃないと言っていたらしい。確かに多様性は当たり前だし流行りも何もない。
湊が想いを打ち明けられたのが校長先生とトロンボーンというのが切ない。一番近くにいる人にこそ言えないこともある。「誰にでも手に入れられるものが幸せ」と、普通ではないと本人が感じている中で伝えるのは皮肉なのか、はたまたそれは幸せにならないよと伝えているのか、難しい。
数ヶ月前に映画館で予告を見た時、まだ声の高い男児の「怪物どーこだ」という声とピアノのシンプルな音だけで、子供が関係したホラーなんじゃないか?と勝手に思っていた。
実際はホラーのような、怖いだろ!ここで驚け!という話ではないが、人間の優しさゆえの怖さというか奇妙さを感じた。
私はどうしても依里の父親には同情できなくてこの人は怪物だなあと思っていたけど、見る人によって全然違う怪物が生み出されると思う。
私は子どもが好きだから、育児放棄する親は特に許せない。仕方ないなんて言ったけど、孫を殺しておいて罪を償わない校長先生も許せない。子供の異変に真摯に寄り添わない堀先生も、上に従う周りの先生達も、正直に大人に相談しない湊も依里も、素直に好きになれるキャラクターではない。
そう思ってしまう私が怪物なのか、、、、?
分からない。
色んな人の感想を読んで考えようと思う。
個人的には、教室の端で本を読んでいた少女のキャラクターがとても良かった。雑巾を投げるあたり、察していた部分があるのかなと思う。
観終わってからTwitterで感想を調べてみたら、依里が名前を言う草花の花の由来にも意味が込められている、というのを知った。そのような細部へのこだわりが映画への愛を感じる。
余談だが、安藤サクラさんとそのママ友役の方の組み合わせや、生まれ変わったら〜の話にブラッシュアップライフを思い出した。あのドラマを見たあとに「愛のむきだし」を見てから私は安藤サクラが大好き。
ここまで読んでくれた人がいたら、ありがとうございます。
リリイ・シュシュのすべてを観た
ずっと気になっていたけどいろんな口コミに勇気がなかなかでなかった作品。
”鬱映画”なんて言われているらしいけど、私的には思っていたよりは全然平気だった。
市原隼人は今でこそムキムキのイメージしかないけど、この作品ではあどけなくて驚いた。冒頭の田園の中でリリイ・シュシュを聞くシーンでは、広々とした田園でこじんまりと一人音楽を聴いていて儚さも感じた。その他の俳優さんたちも、なんか見たことある顔......な人たちが続々と出てきて、しかもみんな今より若いから新鮮な気持ちになった。
冒頭から流れる掲示板のシーンは映画で初めて見た。その他にも光の使い方が印象的で
幻想的な気持ちになった。溺れる側の視点も印象に残った。
いじめ、援助交際、万引きで、とてもじゃないけどきれいな映画だった♪と言える話ではないけれど、映像に加えてリリイの歌声にピアノの音も綺麗で内容の重さを調和してくれていた気がする。
空を飛んでいるカイトの広大な空気に対して逃げられないほど窮屈な思いをしながら援助交際を続けている津田は真反対で、皮肉のようだった。これも冒頭の田園のシーンと同じで対比なのかなの思った。
星野と蓮見は文面では共通の趣味を通して通じ合えているのに、実際の世界でも過去には仲良くやっていたのに、今ではいじめっこのボスとそれに従うしかできない人という関係性なのがやり切れない気持ちで、少しでも何かが違えば主従関係ではなく対等に友達でいたかもしれないと思うと胸が痛む。
好きな音楽は誰に否定されてもずっと大切にしていきたいし、一度好きになった音楽ってそう簡単には嫌いになれないよなとも思った。
鑑賞後にいろんな人の感想を観てたら、津田の持っている大量のストラップがついた携帯が蒼井優の私物というのを目にして公開時の時代を感じた。
また見返したい映画
ベイビーわるきゅーれを観た
女子高生殺し屋というぶっとんだ設定で、高校卒業後に社会に出るために奮闘するお話
「なぜ女子高生からバイトみたいなノリで殺し屋をしているのか」が気になったけどそこは明かされず。でも人殺しを日常的にしているとは思えないほど普通の女の子で、なのにスイッチ入るとバチバチに戦い。何食わぬ顔で銃口向けてるからギャップがすごい。
高石あかりさんと伊澤彩織の緩い空気が癖になった。
メイド服姿の二人が本当にかわいくて、予告のメイド服シーンを何回も見た。
伊澤彩織さんはアクションをやられてるようで、それに納得するくらいほど女優さんで見たことないくらいすごかった。ドレスコーズの聖者のMVの、危うそうな雰囲気で何者なのかが全く分からない感じがものすごく好みでそこから知ったけど、ぶつぶつ小声でつぶやく弱気そうな今回のキャラクターも合ってた。
ゆるい空気に油断したけど、当たり前に殺し屋ものなので何人も人がやられるから深夜に見始めたことは少し後悔
でも嫌なことがあるとすぐ殺そうか考えてしまうとか、常軌を反した行動が面白かった。
私もまひろ側の人間で社会不適合者だから、あれくらい強ければこんな大金がもらえる仕事をしたいなと思ったり思わなかったり。
はやく2が観たい